和歌山地方裁判所 平成元年(行ウ)6号 判決
原告
薗田香融
(ほか一二名)
右原告ら訴訟代理人弁護士
山崎和友
同
池内清一郎
同
田中征史
同
良原栄三
同
岡本浩
同
市野勝司
同
上野正紀
同
冨山信彦
同
阪本康文
同
由良登信
同
小野原聡史
同
長山亨
同
澤井裕
同
筧宗憲
同
尾藤広喜
同
三重利典
同
畑純一
被告
(和歌山県知事) 仮谷志良
右訴訟代理人弁護士
月山桂
同
谷口曻二
同
水野八朗
同
田中祥博
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者が求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、和歌山県に対し、金八億二八六九万〇九五〇円及びこれに対する平成元年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告らはいずれも和歌山県に居住する住民であり、被告は和歌山県知事の地位にある者である。
2 本件支出について
(一) 和歌山県は、昭和二一年一〇月三日都市計画決定に基づく和歌山海南都市計画道路(和歌浦廻線)の敷設計画を有しているが(昭和四八年に和歌公園の区域と一部が重複したため、後日その区間の法線を変更)、右都市計画道路のうち、不老橋の海岸寄りの施設区間約二四〇メートルの区間に新橋建設(約八〇メートル)を含む幅員一一メートル(二車線、歩道二メートル両側)の道路を建設するため、平成元年二月二八日建設大臣の事業認可を受けた(以下、「本件工事」という。)。
右事業目的は、(1)現在整備中の和歌公園へのアクセス道路、(2)片男波海水浴場への交通対策、(3)将来の和歌浦口から和歌浦を結ぶ環状道路の一環の整備とされ、事業期間は昭和六三年度から平成二年度とされていた。
(二) 和歌山県知事である被告は、右事業認可にかかる工事のうち車道橋本体工事(第一期工事)について、訴外大成建設株式会社との間で代金二億八四〇〇万円で請負契約を締結し、平成元年四月三日、同社に対し工事代金の一部として金三二三〇万円が支払われたのをはじめ、昭和六三年度ないし平成二年度の各当初予算・同補正予算に掲げられた予算の執行として本件工事費として八億二八六九万〇九五〇円の支出を命じ、右金額が支出された(以下、「本件支出」という。)。
3 本件支出の違法性
本件工事は、以下に述べるように、違法・違憲であるから、右工事の事業費としてなされた本件支出も違法である。
(一) 本件工事の違法性
(1) 歴史的景観権の侵害
〈1〉歴史的景観権について
土地の景観は、それ自体単に自然景観として存在するのでなく、自然の成り立ちとともにそこに住む人々の生活や風物行事その他その地が有する種々の人工の加わった文化や生活を反映し、内包した総体として存在するのであり、それはその地のこれまでの歴史とが深く結びついて成立し、これらが総体としてその地における景観を形成している。
そのような景観の中で、特にその地の有する過去の歴史と密接不可分であり、歴史の存在により特別の価値のあるものとして位置づけられている景観を歴史的景観と称する。
人は、人として尊重され、健康で文化的な生活を営む権利を有している(憲法二五条)。人が人として生きる健康で文化的な生活を営むための良き環境とは、生命・健康を侵害する劣悪なものであってはならないというだけでなく、積極的に健康な生活を維持するための条件と快適で文化的な生活とを満たすものでなければならず、自然的に良好な環境だけでなく、精神的・文化的にも良好な環境が保障されなければならない。文化的環境は、それ自体、人、社会、地域そして時代等の歴史的内容を備えており、それによって、最も直接的に歴史的事実やそれにつながる事象を知ることができ、国民に民族の歴史や伝統を理解する手掛かりを与えてくれるものであり、人間性を豊かにする力を持っている。人間性の喪失、人間疎外が叫ばれている現代社会において、文化的な環境は、心の支えになり、崇高なあるいは美的な感動を与え、精神を高揚させ、創造的精神を触発する等、その果たす役割は重要である。
歴史的景観は、右文化的環境の一部を形成するもので、人々にその地域の歴史を追体験させるとともに精神的な豊かさを与え、健康で文化的な生活をもたらすものであり、また、「心のふるさと」、「心のよりどころ」として住民や訪れる人々の感傷を満たし、さらに、自分の国に対する誇りとともに現在を生きる活力を与えるものである。人が、その歴史の中で努力して作り上げてきたものに敬意をはらうことは、自らを尊重することであり、人間性の尊厳にかかわることである。また、すぐれた歴史的景観それ自体が、過去・現在から未来へと引き継ぐべき文化財としての文化的・学術的価値を有するものである。
このように、歴史的景観は、人間の精神活動、人格の形成に必要不可欠なものであり、それは、個人の主観的な評価ではなく、個人の主観を超え、それ自体客観的に価値のあるものである。歴史的景観を含む景観が、主観的なものに止まらず、客観的なものとして法的保護の対象となることは、昭和四一年に古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)が制定され、同法に基づき歴史的風土保存区域、歴史的風土特別保存地区が指定されるようになったこと、昭和四五年の改正の都市計画法によれば、必要に応じて歴史的風土特別保存地区、第一種歴史的風土保存地区、第二種歴史的風土保存地区を都市計画において定めるものとされたこと、昭和五〇年に改正された文化財保護法に伝統的建造物群保存制度が設けられたこと等の立法措置、文化庁の「風土記の丘」事業、国土庁の「伝統的文化都市環境保存地区等整備事業」、建設省の都市景観形式モデル事業、環境庁の「快適環境シンポジウム」、昭和六二年策定の第四次全国総合開発計画中に「歴史的環境の保全」の項があること等の国の各種政策を見ても明らかである。
我々は、このような歴史的景観を享受しうる権利を歴史的景観権と呼ぶことにする。歴史的景観権は、環境権の一内容として、人間の精神的に快適な生活利益を保障するために、文化的環境特に歴史的景観の維持・保全を求めることを内容とするものであり、憲法二五条の生存権、同一三条の幸福追求の権利、同二三条の学問の自由等に基礎を置く基本的人権として認められるべきものである。
その内容としては、国や地方自治体による歴史的景観の破壊のおそれや事実があれば、それに対して差止請求や損害賠償を請求することができ(自由権的側面)、また、国や地方公共団体に対し、歴史的景観の保護・保全のための措置をとるよう要求することができ(社会権的側面)、さらに、私人による歴史的景観の破壊のおそれや事実に対しても差止請求や損害賠償を請求することができる権利と解すべきである。
そして、環境の一要素である歴史的景観は、他人の使用を排除して個人が独占することができない公共的性質を持っているから、歴史的景観権は集団的性質を有しているといえるが、その集団性は、集団で権利を主張することができる権利であるということに存し、各人は単に持分を持つに止まるのではなく、それぞれが独立して固有の歴史的景観権を有することまで否定されるものではない。
〈2〉 本件工事施工区域の景観
本件工事施工区域は「和歌の浦」の中心的な地域に当たる。
和歌の浦地域は、和歌川河口の広大な干潟という自然を中心とした地域であるが、その周囲を片男波の砂州、妹背山、奠供山、鏡山など玉津島山と呼ばれる小さな山々、遠方に見える名草山のなだらかな稜線と長峰山脈などが取り囲み、山と海とが合わさって大きな箱庭のような景色、あるいは額縁をはめたという感じでまとまった景色を作り出している。
「和歌の浦」は、歌人山部赤人によって、「若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る」と歌われた地域であり、万葉の時代から多くの宮廷人にも讃美され、憧れの対象となった景勝地である。聖武天皇は、「和歌の浦」に行幸し、奠供山から眺めた和歌の浦の景色を称賛し、その景観保護を命じた。その後も「和歌の浦」はなんども天皇の行幸の地となり、多くの歌人によって歌に詠まれてきた。
「和歌の浦」は、平安時代以降、その地形に変化が生じ、景観も一部変化が生じたが、引き続き、多くの人々によって景勝の地として愛され、歌や物語に取り上げられた。やがて、「和歌の浦」は日本有数の歌枕の地となり、歌道の聖地とされ、玉津島神社の神は歌道の神として仰がれるようになった。
江戸時代になると、紀州徳川家によって、東照宮が建立されたのを始め、「和歌の浦」の自然景観を生かし、これと調和を図りながら「和歌の浦」一帯を景勝地として整備し、特に、本件工事施工区域については、妹背山への渡橋として「三断橋」を架け、妹背山に観海閣、多宝塔を建立し、市町の入江に中国の西湖を模して堤を築き、その入口に不老橋を架けるなどし、「和歌の浦」は多くの人々の心に残る名勝の地となった。
明治期以降、「和歌の浦」はさまざまな開発の波に洗われ、その景観を変化させてきたが、本件工事施工区域を中心とする地域は「和歌の浦」の景観の最も優れた重要な部分として保護されてきた。このように、「和歌の浦」は、歴史・文学の宝庫であり、それ自体第一級の文化的価値を有する地域であるが、その歴史的・文化的価値は、いずれも「和歌の浦」の景観を基にして築かれていったもので、換言すれば、「和歌の浦」の景観は、単にその自然的景観の素晴らしさに止まらず、それと一体になった歴史・文学の世界を追想・追体験することができる空間としての特色を有している。
そして、本件工事施工区間は、「和歌の浦」の重要な景観を構成している地域であり、(2)で述べるように、万葉以来わが国有数の名勝であり、特に不老橋周辺は、自然と不老橋、三断橋、観海閣、多宝塔、玉津島神社、塩釜神社等の歴史的建造物等の人工物とが調和のとれた景観を形成し、歴史上、芸術上及び鑑賞上価値の高い名勝地であり、まさに、歴史的景観と呼ぶに相応しいものである。
〈3〉 本件工事による景観の破壊
本件工事施工区域は、自然景観である名草山とそれに連なる山々、和歌浦湾の水面、干潟、妹背山、鏡山、奠供山等と人工的たる不老橋・三断橋等が渾然一体となって、絵画的鑑賞美を作り出している。ところが、本件工事によって、不老橋の海岸側に長大な新橋(以下「あしべ橋」という。)が建設され、これにより、本件工事施工地域の景観美に重要な役割を果たしていた不老橋が、景観から遮断されてしまい、「和歌の浦」の歴史的・景観的価値が回復困難なまでに破壊された。「和歌の浦」の歴史的・景観的価値を破壊してまで、本件工事を実施しなければならない必要性はなく、本件工事は、国民の歴史的景観権を侵害するものであり、違法・違憲である。
(2) 文化財保護法違反
和歌山県は、文化財を保護すべき義務があるにもかかわらず、前記のとおり、本件工事により「和歌の浦」の名勝としての景観を破壊したもので、本件工事の施工は文化財保護法に違反する。
〈1〉 文化財保護法にいう名勝(記念物)は、先人が創造した構築物が表現する景観美を主体とし、かつ、地理的範囲が比較的小規模に限定されている公園及び庭園並びに周辺の自然環境人文環境との調和によって景観美を形成している橋梁及び築堤(人文名勝)と、自然の景観美を構成する自然物であり、広域にわたる場合のある湖沼・海浜・山岳の景勝地(自然名勝)とがある。
〈2〉 本件工事施工区域を取り囲むように存在する妹背山・鏡山・奠供山・雲蓋山の丘陵群、多宝塔・観海閣・三断橋・玉津島神社・塩釜神社そして不老橋は、その一つ一つが価値のある存在であるが、これらは全体として相互に影響しあって調和ある価値の高い歴史的風景を形成し、伝統的建造物群を構成している。特に、不老橋は江戸期に築造された本州では珍しいアーチ式の石橋であり、形状も美しく、勾欄の浮彫も貴重なもので、芸術上又は鑑賞上価値の高いものといえるのである。本件工事施工区域及びその周辺は、名勝地「和歌の浦」の最重要地であり、前述のような丘陵群、庭園、橋梁、海浜そして伝統的建造物が全体として一体をなした名勝地、歴史的・文化的かつ芸術的に価値の高い景観の地であり、文化財保護法二条一項四号の名勝地(記念物)に該当する。
〈3〉 不老橋は、文化財保護法にいう景勝たる橋梁、即ち名勝(記念物)に該当する。
ア 名勝(記念物)は、歴史的にその地域、地域住民が鑑賞するに値する「名所」として親しんできた自然景観を保護することを目的とする概念である。
イ 名勝(記念物)は、周辺自然環境との調和美を保護するもので、その対象は、郷土にとって、住民にとって、長年鑑賞に値するものとされてきたものである。
換言すれば、名勝(記念物)は、絵画的鑑賞美を保護するものである。名勝(記念物)たる橋梁も、当該橋梁を要とする自然景観を景観美の主要要素としており、それら自然景観を保護しようとするものである。
ウ 本件工事周辺地域は、空間的には不老橋を中心とする同心円的な三重の景観を有しており、一つは、万葉集に詠まれている名草山、和歌川河口水面、妹背山などの島・山・水面などによって構成される大きな拡がりをもつ空間であり、二つには、江戸時代に形成された多宝塔・観海閣・三断橋・玉津島神社・不老橋などの建造物群によって構成される中程度の拡がりをもつ空間、三つめには、アーチ型石橋の不老橋とその周辺空間によって構成される比較的小さな空間であるが、いずれも不老橋をその要としている。
不老橋を中心とする和歌の浦一帯は、はるか万葉の昔から、一般人はもちろん、歌人、画家、小説家など文化人にその鑑賞上の価値を認められてきたものであり、不老橋も右鑑賞の価値を失わないように位置、外観に配慮して架けられたものであるから、不老橋は、文化財保護法にいう記念物たる橋梁に該当する。
〈4〉 和歌の浦は、史跡名勝天然記念物保存法を受けて和歌山県か制定した史跡名勝天然記念物保存顕彰規程に基づき、大正一四年に名勝として指定され、その指定は、昭和二五年の文化財保護法制定後も、同法を受けた和歌山県文化財指定規則に受け継がれ、さらに、昭和三一年和歌山県文化財保護条例に第三条の指定として受け継がれた。そして、文化財保護法に明記されているように、名勝の指定の解除は、名勝など記念物がその価値を失った場合その他特殊の事由があるときに限られ(同法七一条一項)、和歌山県文化財保護条例でも明記されているように、文化財が滅失したとき、著しく価値を失ったときなどに限られ(同条例四条)、和歌山県文化財保護審議会の審議など手続的にも指定解除に慎重な手続が定められている(同条例五条)。そして、和歌の浦に関する限り指定を解除すべき合理的事由は全くない上、指定解除の手続がとられたことも全くないのであって、和歌の浦の名勝指定は継続していると解される。
〈5〉 文化財は、その有する文化的価値ゆえ、国民が等しく共有すべき財産として、将来にわたり長くその維持、保存が図られるべきものである。
文化財保護法三条は、「政府及び地方公共団体は、文化財がわが国の歴史・文化等の正しい理解のために欠くことのできないものであり、且つ、将来の文化の向上発展の基礎をなすものであることを認識し、その保存が適切に行われるように、周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない。」と定め、さらに、四条二項で「文化財の所有者その他関係者は、文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し、これを公共のために大切に保存するとともに、できるだけこれを公開する等その文化的活用に努めなければならない。」と定めている。
文化財保護法の右規定は、前述の憲法上保障された歴史的景観権を保護すべき義務を国や地方公共団体に課したものとして強行規定と解すべきである。
したがって、和歌山県は、文化財保護法三条、四条二項により文化財保護義務を負うものであり、同法四条二項の「その他の関係者」に含まれるのである。
さらに、地方自治法二条二項に基づき、同条三項一四号は、地方公共団体の処理しなければならない事務として「建造物・絵画・芸能・史跡・名勝その他の文化財を保護し、又は管理すること」を規定し、同条六項四号は都道府県の処理しなければならない事務として「文化財の保護及び管理」を挙げ、さらに、同条八項に基づく別表第一は県が処理しなければならない事務として「文化財保護法の定めるところにより、文化財保護委員会の指定を受けること」を定め、そして、和歌山県文化財保護条例一条は、県に文化財保護法九八条二項の規定に基づき県内に存する文化財のうち重要なものについて保存等のため必要な措置を講ずることを義務づけていることからみても、和歌山県に文化財保護義務が課せられていることは明らかである。
したがって、被告は、和歌山県知事として、その補助機関たる職員を指揮して「和歌の浦」を文化財として周到かつ適正に保存する法律上の義務を有するものである。
ところが、被告を含む歴代和歌山県知事は、「和歌の浦」を文化財として保存する措置を講じないまま放置してきた。
本件工事は、「和歌の浦」の要を担う不老橋の海側に歩車道橋を建設するもので、「和歌の浦」の最も重要な核となっている玉津島神社、不老橋、三断橋、妹背山周辺地区を分断し、不老橋周辺及び同周辺から東面する歴史的景観を著しく破壊することとなり、「和歌の浦」の歴史的・文化的環境を回復不能なまでに破壊するものであって、国民の歴史的景観権を侵害し、文化財保護法に定める文化財の保存・管理義務及び公開活用義務に明白に違反し、その違法性は極めて重大かつ顕著である。
(3) 都市計画法違反
〈1〉 都市計画は、そもそも一定の地域を対象とするものであり、その及ぼす影響は不特定多数に及ぶものである。したがって、都市計画法は、都市計画によっていかなる事業がなされ、いかなる制限が加えられるのかを国民に周知させる措置を講ずることとしている。
都市計画法の右周知規定は、単なる訓示規定ではなく都市計画の性質に由来するもので強行規定である。
〈2〉 都市計画が決定されても、都市施設(あしべ橋を含む本件道路はこれに該当する。)の施行については、都市計画事業の認可を得なければならないこととなっているが、当該都市計画区域の住民を長期間不安定な地位に置くことのないよう、都市計画法六〇条の二により、都市計画の告示の日から二年以内に認可の申請をしなければならないこととされている。
本件工事の事業認可は、都市計画告示後二年以上経過してなされたことは明らかである。
したがって、本件工事の前提となる事業認可は右都市計画法に違反するものであり、本件工事は違法である。
〈3〉 また、都市計画法六六条によれば、事業認可の告示がなされてから、和歌山県は本件工事区域周辺の住民に対して、説明・意見の聴取を行わなければならないこととなっているが、和歌山県はこのような措置を全く行っていない。
和歌山県は、地元の要望により二ないし三回説明会を開催したとしているが、都市計画法によって要求されているのは、施行者主導による説明並びに意見聴取の場であり、右説明会は都市計画法の要求を満たしていないものである。
したがって、本件工事は同法六六条に違反する違法なものである。
〈4〉 ところで、和歌山県は、本件工事の理由として、和歌公園へのアクセス道路の整備、さらに夏期の交通渋滞の解消等を挙げているが、右アクセス道路としては、本件工事以外に和歌浦漁港の駐車場を整備するなどの方法があり、また、交通渋滞は「津屋交差点」がネックとなっており、本件工事は右渋滞の解消に役立たず、かえって、渋滞を招来し、違法駐車や騒音公害等による近隣の住環境の悪化をもたらす結果となっているもので、本件工事は都市計画法に違反するものである。
(二) 本件支出の違法性
(1) 住民訴訟の対象となる違法な「契約の締結もしくは履行、公金の支出」とは、住民訴訟の制度趣旨からみて、その手続き自体が財務会計法規に違反する場合のみでなく、その原因となった行為が違法である場合をも含むものである。
これは、住民訴訟が、地方公共団体の違法行為による財産的損害の防止・回復をはかり、財務会計行政の適法性を確保するとともに、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、地方行政の是正監督手段としての役割を果たすものとして期待されているからである。今日のように、国政についても同様であるが、地方自治においても選挙制度の欠陥等による代表者選出過程の問題があり、また、民主主義のルールである多数決原理が地方議会においても形骸化していることなどを考慮すると、住民が直接行政のあり方を問う住民訴訟は、地方行政に対するチェックシステムとして積極的に評価されなければならず、その意義を減殺するようなことがあってはならない。
(2) 原因行為の違法性が後行行為たる財務会計行為に承継されることは、従来の判例の立場からも承認されているところである。違法性の承継については、財務会計の基礎となる非財務会計上の先行行為が財務会計上の後行行為と一体的なものと解することができる場合、あるいは、密接不可分な関係にある場合に限られるとする見解もあるが、右見解に立つとしても、本件においては、本件工事には工事契約の締結及びこれに基づく公金の支出は不可避であり、本件工事は、本件工事契約の締結及び本件支出の直接の原因をなし、本件工事の決定、工事契約の締結、公金の支出は切り離すことができず、密接不可分であり、一体的把握が可能であるから、本件支出は違法となる。
(3) 非財務会計行為である原因行為に重大かつ明白な違法がある場合にのみ後行行為である財務会計上の行為が違法となるとする見解があるが、この見解によると、住民訴訟の適用領域が大幅に制限され、住民訴訟制度に課せられた現代的機能を著しく損なうから、右見解は不当である。
もっとも、本件工事は、前述のとおり歴史的景観権を保障する憲法に違反し、また、文化財保護法等にも違反するものであって、その違法性は重大かつ明白であるから、右見解にしたがっても、本件支出は住民訴訟の対象となる。
(4) さらに、被告は、先行する非財務会計上の行為又は事実の違法性が問題とされる場合であっても、その行為又は事実が行政当局の裁量的なものである場合は、裁量権の範囲を著しく超えている場合のほか、違法とはならないとし、違法性の承継は問題となる余地はなく、本件工事は、道路の建設という政策的見地からする広汎な裁量に委ねられている事柄であるから、政策批判の対象とはなりえても、違法性を認めることはできないと主張する。
しかし、本件は、単に、道路を建設するかどうか、また、その道路をどのような構造にするか等が問題となっているわけではない。本件で問題とされているのは、本件工事が憲法で保障された歴史的景観権を侵害し、文化財保護法等に違反するかどうかである。そして、この点については、前述のように、本件工事は歴史的景観権を侵害し、文化財保護法等に違反し、その違憲性・違法性は明白であるから、裁量の余地はないものといわなければならない。さもなければ、裁量の名の下に基本的人権が侵害され、法の趣旨が没却されるからである。
しかも、本件工事に至る手続的な側面をみても、前述のとおり被告は都市計画法の趣旨に沿った説明を行わず、一方的に確定的なものとしてあしべ橋建設計画を発表し、右建設計画を知った「和歌浦を考える会」やわが国有数の古代史家、万葉学者、芸術家、作家をはじめ和歌山県民のみならず全国各界各層の非常に広汎な人々が、不老橋を含む本件工事周辺地域の歴史的景観の重要性に鑑み、本件工事に反対し、被告に対してもその問題点を指摘し、建設計画の撤回や工事中止を求める要望書や署名等を何度となく提出したにもかかわらず、被告はこれらを全く無視して本件工事を強行した。
被告は、本件工事を施工するかどうかを判断するについて、文化財保護法等の諸法令に違反しないかどうか厳密な調査に基づく資料を整え、偏見のない立場で各界各層の意見を聞き、公正な過程を踏んで判断を形成すべきであったのに、右手続きを著しく怠り、あるいは、故意に無視したのであるから、手続的な側面からみても本件工事は著しく不公正であって、本件工事の違憲性・違法性について十分司法的審査が及び裁量の働く余地はない。
(5) 以上のとおりであるから、本件工事費として被告によりなされた本件支出は違法である。
4 損害の発生
被告は、本件工事費用として、合計八億二八六九万〇九五〇円を支出し、和歌山県は右同額の損害を被った。
5 監査請求の前置
(一) 原告らは、訴外住民とともに、平成元年九月二七日、和歌山県監査委員に対して、地方自治法二四二条一項に基づき、和歌山県知事に対し本件工事代金支出の差し止め、既に本件工事に関して支出された金額について被告に対し損害賠償を措置するように監査請求を行った。
(二) これに対し、和歌山県監査委員宮本正昭他三名は、原告らに対し、平成元年一一月一三日付書面をもって、右監査請求は理由がない旨を通知し、原告らは同日これを受領した。
6 よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、和歌山県に代位して被告に対し、損害賠償金八億二八六九万〇九五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一二月二四日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)及び(二)の各事実は認める。
なお、本件工事に至る経緯は次のとおりである。
和歌山海南都市計画道路(和歌浦廻線)の建設計画は、当初、内閣総理大臣により和歌山復興都市計画街路(和歌浦廻線)として決定された。その後、和歌浦廻線の計画道路は、一部が和歌公園の区域と重複したため、昭和四八年一一月二六日、右区間の長さ及び法線が若干変更された。
そして、和歌山県は、和歌浦廻線のうち、あしべ橋(橋梁区間延長七八メートル)を含む二四〇メートルの施設区間に幅員一一メートル(両側歩道幅員二メートル・中央二車線)の道路を建設するため、平成元年二月二八日建設大臣の事業認可を受けた。
右道路建設の事業目的は、〈1〉国道四二号線和歌浦口から片男波を経て和歌浦を結ぶ幹線道路の一環とし(和歌浦地区の道路は狭隘な上、この地区に出入りするためには狭小の橋梁を迂回しなければならず、通過交通による交通渋滞、混雑の危険がある。)、〈2〉和歌山県が建設予定の和歌公園(健康運動公園)へのアクセス道路、〈3〉夏期マイカー等により道路パニックに陥る片男波海水浴場への交通対策の一つにすることにあって、地域の社会的特性に則して行われる道路整備事業であり、基本的には昭和二一年一〇月三日に決定された都市計画街路(和歌浦廻線)の建設事業にほかならない。
右事業期間は平成元年二月二八日から平成三年三月三一日までの間とされた。
3 請求原因3の前文の主張は争う、本件支出は適法である。
4 同3(一)の主張について
(一) 同(1)の歴史的景観権の主張について
(1) 原告ら主張のように、和歌の浦の景勝は優れたものであり、世人の鑑賞に値するものではあるが、このような景観を鑑賞すること、あるいは鑑賞しうることは、「そこに景勝がある。」ことによるものであって、個人あるいは住民又は県民が権利として取得したものでもなければ、人格権的に保有するものでもない。「和歌の浦」を歴史的な景観としてとらえることは主観的な評価であり、各人の自由であるが、これは、日照・通風の阻害、大気・水質・土壌の汚染又は騒音等から個人の精神的・肉体的被害を守るための権利概念とは全く異質なものであって、権利というには全く適しないものである。したがって、原告らのいう歴史的景観権なるものは、俗称としてならともかく、法的概念としては到底承認することはできない。
(2) 本件工事施工区域周辺の景観について
万葉の歌人山部赤人が「若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る」と和歌の浦を詠んだことは認める。
しかし、山部赤人が詠んだ「和歌の浦」がどの辺りをさすものか明白ではなく、原告主張のように本件工事施工区域を指すものか否か全く不明である。少なくとも不老橋のある地点は万葉の時代は海であったと思われる。
このように、現在の和歌の浦の景観は万葉の時代のそれと大きく変化していることは確かである。
本件工事施工区域周辺に和歌浦の干潟が存し、周辺に妹背山、奠供山、鏡山、玉津島山などの丘陵があり、名草山等が遠望できること、玉津島神社、塩釜神社が存すること、江戸時代には、三断橋が架けられ、妹背山に多宝塔、観海閣が建立され、後に不老橋も架けられたもので、私歌の浦が景勝地として歌や物語にも取り上げられ、人々に親しまれてきたことは認める。
(3) 本件工事により、不老橋の海側にあしべ橋が建設されたことは認めるが、これにより和歌の浦の景観が回復困難なまでに破壊されたことは否認する。
和歌山県では、新橋建設に当たり、周囲の景観に配慮し、その調和を図るよう形状等を決定してあしべ橋を建設したもので決して和歌の浦の景観を破壊するものではない。
(二) 同(2)の文化財保護法違反の主張について
(1) 原告らのいう「和歌の浦」あるいは江戸時代の「和歌の浦」、万葉の時代の「和歌の浦」が、どの位置、どの範囲を指すのか明らかではない。原告らは、「不老橋の存在する位置を要とする和歌の浦一帯」とか、「不老橋を要とする自然景観」というが、景観上、地理上も、不老橋を和歌の浦の要であることは当を得たものではない。すなわち、周辺地域を不老橋を要とする同心円的な三重の景観と見る見方は、一つの見方ではあっても、一般的なもの、唯一のものでは決してない。明らかなことは、歴史上、塩釜神社、玉津島神社はかなり古くから存在したが、三断橋、多宝塔、観海閣は慶安二年ないし一〇年ころ紀州徳川頼宣が建立・架橋したもので、不老橋は明治よりわずか二〇年足らず前に徳川治宝が御旅所へ渡る便宜のため架けたものに過ぎない。因みに、現在不老橋が架けられ、市町川と呼ばれている川は、明治より数十年前にはなく、当時は、不老橋の辺りから和歌浦東照宮の下の御手洗池辺りまで、ずっと入江になっていた。そして、和歌浦東照宮の祭りである和歌祭は徳川頼宣のときから始められたが、その時の神輿の列は、東照宮から入江の南西側を進み、州崎(片男波)の不老橋の位置近くにあった神輿の御旅所まで渡御したのである。御旅所は、塩釜神社、玉津島神社とは目と鼻の先にありながら歩いて行くには、入江を遥か御手洗池を巡って行かなければならなかった。徳川治宝は、嘉永四年に御旅所の普請後、御旅所の裏道と塩釜神社との間に石積みアーチ式の橋を架け、不老橋と名付けたもので、不老橋自身は、万葉の和歌とは全く関係なく、塩釜神社、玉津島神社はもとより、三断橋、多宝塔、観海閣と比べても遥に新しいものであり、架橋の由来からしてもさほど歴史的に意味のあるものとは思われない。
(2) 一般に、名勝は、自然的名勝と人文的名勝に分けられるが、文化財保護法二条一項四号は、わが国にとって芸術上、鑑賞上価値の高い名勝を「記念物」たる文化財としている。同様に和歌山県文化財保護条例二条四号は、和歌山県にとって芸術上、鑑賞上価値の高い名勝を「記念物」たる文化財としている。しかし、それらの「記念物」たる文化財がすべて文化財保護法あるいは和歌山県文化財保護条例の規定による規制あるいは保護を受けるかというとそうではない。文化財保護法は、いわゆる重点保護主義の立場を採っており、これらの法又は条例により保護を受けるためには、文化財保護法六九条あるいは和歌山県文化財保護条例三条の規定による指定を受けなげればならない。
したがって、それらの指定を受けていない文化財は、文化財保護法ないし同条例上、文化財として取り扱われないことになる。しかして、わが国の文化財の指定は、文部大臣が文化財保護審議会に諮問して、その答申を得て一方的に行うことも可能であるが、多くの場合、文化庁が調査を行ってから文部大臣が文化財保護審議会に諮問することとなっている(文化財保護法二七条、二八条、六九条、八四条の二第一項一号)。因みに、国の「史跡名勝天然記念物指定基準」(昭二六・五・一〇文化財保護委員会告示)は、名勝の指定基準として、「わが国の優れた国土美として欠くことのできないものであって、その自然的なものにおいては風致景観の優秀なもの、名勝的あるいは学術的価値の高いもの、また人文的なものにおいては、芸術的あるいは学術的価値の高いもの」としている。和歌山県の文化財も、その所有者あるいは占有者かある場合は、その者からの申請に基づき、和歌山県教育委員会が和歌山県文化財保護審議会に諮問し、その答申を得て指定することとなっている。もっとも、和歌山県教育委員会は、国にならい、実際上は、指定の申請を受けて調査し、和歌山県文化財保護審議会に諮問し、その答申を得て指定することとなっている(和歌山県文化財保護条例三条、五条、同条例施行規則二条)。
(3) 和歌の浦や不老橋は、文化財保護法二条一項四号又は和歌山県文化財保護条例二条四号にいう名勝地あるいは記念物たる橋梁にあたるか否かはひとまず措くとしても、前記各法条による文化財としての指定を受けていない。
また、現行文化財保護法の下において、国の文化財としての指定の申請がなされたこともないし、和歌山県の指定文化財の指定の申請かなされたこともない。
なお、和歌の浦か、史跡名勝天然記念物保存法を受けて和歌山県か制定した史跡天然記念物保存顕彰規程に基づき、大正一四年(七月一七日)に名勝として指定されたことは認める。同日付の県報による右指定の告示によれば、名称「和歌浦」、種別「名勝」、所在地「和歌浦町、紀三井寺、雑賀崎、雑賀各村の一部」、標札本数一〇本とされていた。次いで、昭和二五年制定の文化財保護法を受けた昭和二六年一一月一日「和歌山県指定文化財規則」(昭和二六年和歌山県教育委員会規則第七号)の付則により、さきに史跡名勝天然記念物保存顕彰規程に基づいて指定されている史跡名勝天然記念物は右規則に基づく和歌山県指定文化財とみなすものとされ、和歌の浦は、和歌山県指定文化財規則に基づく指定文化財として承継された。
その後、昭和三一年九月二九日、「和歌山県文化財保護条例」(和歌山県条例第四〇号)が制定されたが、同条例付則により、現に和歌山県指定文化財規則による指定文化財の指定を受けているものは、昭和三三年三月三一日までに限り、これをこの条例による指定文化財とみなすものとされ、和歌の浦も右付則により一応、同条例上の指定文化財として受け継がれた。
しかし、右条例の経過規定によっても明らかなように、従前の指定文化財は、同条例三条の規定により新たに指定されないかぎり、昭和三三年三月三一日をもって指定の効果を失うこととされたところ、和歌の浦は、その後、同条例三条の規定による指定がなされなかったので、和歌の浦は、史跡名勝天然記念物の指定のない状態となり、同条例に基づく文化財の指定のないまま現在に至っている。
したがって、和歌の浦にかかる前記名勝指定は、昭和三三年三月三一日限り失効し、和歌の浦は、和歌山県文化財保護条例に基づく文化財ではない。
(三) 同(3)都市計画法違反の主張について
(1) 本件工事について、都市計画法六〇条の二の適用はない。
都市計画法六〇条の二の規定は、「施行者」にかかるものではなく、「施行予定者」にかかるものである。すなわち、都市計画法一一条四項の規定によれば、区域の面積が二〇ヘクタール以上の一団地の住宅施設等同項第一号ないし三号掲記の都市施設については、都市計画に施行予定者を定めることができるものとされている。そして、施行予定者の定められている都市計画施設の区域内においては、都市計画事業の迅速かつ円滑な実施を図るため、現状凍結的な厳しい都市計画制限がなされている関係で、その都市施設に関する都市計画事業をできるだけ早期に実施する必要があるので、施行予定者に対し、その都市計画が定められてから二年以内に認可申請するように義務づけているのである。本件は、施行予定者の定められている都市計画ではなく、都市計画法五九条二項による和歌山県を施行者とする都市計画事業であるから、都市計画法六〇条の二の規定の適用はない。
(2) 都市計画法六六条の趣旨とするところは、事業認可の告示後は、建築の制限等住民の財産に対する制限等が働くので(同法六五条、六七条、六八条)、その旨を住民に周知させる必要があり、住民の理解を深めさせることによって事業の促進を図ることができる、との考えに出たものである。したがって、都市計画法六六条の規定は、付近住民の中に、事業認可の告示後、建築の制限等自己の財産に関し、都市計画法六五条、六七条、六八条の規定との関係で利害を有する者のある場合に適用があるのであって、本件工事のように、そのような利害関係を有する住民のいない場合にまで、施行者に説明等の義務を課したものではない。さらに、同条は、都市計画の事業の円滑な実施を目的として、付近住民の「協力が得られるよう努めなければならない」との規定の文言上からも明らかなように、施行者に努力義務を課したものであって、これを欠いたからといって、事業の施行が違法となるものではない。
ただ、和歌山県としては、事業内容につき、付近住民及び一般県民の理解を得るべく、告示の前後十数回(告示後は三回)にわたり、説明会を開き、付近住民に対し、説明や意見聴取を行っている。
(3) 本件事業の目的に関して原告らが主張する違法駐車や騒音公害等の事由は、本件事業の都市計画法上の違法をもたらすものではない。
都市計画事業の施行者である和歌山県としても、本件道路の建設により、本件事業の目的としたところが、直ちに、これのみによって達せられるとは考えていない。和歌公園や片男波海水浴場へのアクセス、交通渋滞の解消という点からみても、あしべ橋を経て和歌公園、片男波海水浴場への道路のほか、和歌浦(漁港付近)から片男波海水浴場、和歌公園への早急な道路建設が期待されるし、また、津屋交差点付近の整備も望ましい。しかし、これらは予算を伴うことであり、事業主体との関係もあり、全てを一挙に解決することは困難である。だからといって、本件道路の建設か不可、まして違法ということには到底ならない。
5 同3(二)の主張について
(一) 住民訴訟の対象は、地方自治法二四二条の二第一項により、同法二四二条一項に規定する財務会計事項に限られており、財務会計事項に当たらない非財務会計事項に関する違法は、住民訴訟で争うことは許されない。そして、いかなる事項が財務会計事項に当たるかは、その行為又は事実自体の性質如何によるのであって、その行為や事実の結果、直接又は間接に地方公共団体に財産上の損害がもたらされるか否かによって決せられるべきではない。これは、地方自治法二四二条の二、二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は事実は、当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるから、これを防止するため、住民に対し、その予防または是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とした住民訴訟制度の趣旨に由来するものである。すなわち、住民訴訟の対象となりうるのは、財務会計上の事項に関する違法に限られ、その他地方公共団体の事務一般(非財務事項)の違法については、それ自体としては、住民訴訟の対象になり得ないものである。
ところで、原告らの本件住民訴訟は、あしべ橋の建設を含む本件工事か文化財保護法に違反し、和歌の浦の歴史的環境を損ない、かつ都市計画法に違反し、また、事業目的に反する結果を招来する違法性があるとし、本件工事費用として支出された金員の返還を求めるものである。したがって、原告らが違法としている事項は、財務会計上の事項に関するものではなく、その原因である本件工事の違法にかかるものであることは明らかであるから、本訴請求は二四二条の二に規定する住民訴訟の対象となり得ない事項を対象とするもので同法に違反する。
(二) もっとも、当該財務会計行為又は事実それ自体には違法がないが、それに先行する非財務会計行為又は事実に違法があるとき、例外的に非財務会計行為等の違法性が財務会計行為等に承継され、住民訴訟の対象となりうる場合があると解されているが、右違法性の承継が認められるのは、〈1〉先行する違法な非財務会計行為等が法律行為である場合には、その行為か取り消されるか又はその瑕疵にかかる違法性が重大かつ明白で、当然無効となるとき、〈2〉先行する非財務会計行為等が事実である場合は当該事実に関する違法が重大かつ明白なときに限られる。
そして、先行する非財務会計上の行為又は事実の違法性か問題とされる場合であっても、その行為又は事実が行政当局の裁量に属するものである場合には、裁量権を著しく逸脱している場合のほか、違法とはならないし、したがって、違法性の承継が問題となる余地はない。
原告らの不件住民訴訟は、公金支出の原因である本件工事、すなわち、道路建設事業にかかる行政上の施策の適否を争うものにほかならない。しかも、原告らが文化財保護法、都市計画法違反等として主張する事由は、それ自体極めて規範性の希薄なものばかりであり、和歌山県は前述のようにそれら文化財保護法等の規定に違反していないのであって、要するに、問題は「和歌の浦」の景勝を従前の状態のままで維持・保存するのが望ましいか、和歌山県が判断し、施行したように、前記事業目的のため本件工事により本件道路を建設するのか現在の社会情勢や価値観からくる一般のニーズにより的確に応じる途であるのか等の政策的判断にかかるものにほかならない。
したがって、本件工事の施行による本件道路の建設は、事柄の性格上、行政当局の政策的見地からする広範な裁量に委ねられているものであって、これは、政策批判の対象とはなり得ても、これに違法性を認めることはできない。
したがって、本件工事に違法性を認めることはできず、本件支出は適法である。
6 請求原因4項の事実のうち、被告が、本件工事費用として合計八億二八六九万〇九五〇円を支出したことは認めるが、和歌山県が右同額の損害を被ったことは否認する。
7 請求原因5(一)及び(二)の事実は認める。
第三 証拠の関係は、本件訴訟記録中の書証目録並びに証人等目録記載のとおりであるから、右記載をここに引用する。
理由
一 請求原因1(当事者)、2(本件支出)及び5(監査請求の前置)の事実は当事者間に争いがない。
二 訴えの変更について
1 原告らは、前記のとおり、和歌山県監査委員に対し、本件工事が違法であるとして、和歌山県知事に対し本件工事代金支出の差し止め、既に本件工事に関して支出された金額について被告に損害賠償を措置するように監査請求を行い、これを受けて、当初、訴状において、「被告仮谷志良に対して和歌山県に対して金三二三〇万円の支払を求めると共に、被告和歌山県知事に対して本件工事について和歌山県予算の執行をしてはならない。」旨の裁判を求めていたが、その後、本件工事が完成し、本件工事にかかる事業費がすべて支出されたため、被告仮谷志良について訴えを追加的に変更して請求を拡張し(なお、被告和歌山県知事に対する訴えは取り下げられた。)、請求の趣旨記載のとおりの損害賠償を求めたものである。
2 地方自治法二四二条の二第一項は、住民訴訟を提起するには、同法二四二条の規定による監査請求を経なければならないと規定している。住民訴訟において監査請求前置主義が採用されているのは、普通地方公共団体の執行機関等に関する財務会計上の非違は、できるだけ当該地方公共団体内部において自主的に解決すべきものとすることが地方自治の本旨にかない、また、裁判所の負担軽減につながるということに基づくものである。そして、住民訴訟の制度が地方公共団体の執行機関等の財務会計上の具体的な違法行為又は怠る事実についてその防止、是正を求めるものであることに鑑みると、監査請求は具体的な財務会計上の行為(支出行為)等ごとになされることが予定されているものと考えられる。
本件では、原告らが行った監査請求は前記のとおりであり、和歌山県知事に対して本件工事の事業費の支出の事前包括的な差し止め及び被告に対し既に支出された金三二三〇万円の損害賠償の措置を求めているが、訴え提起後に現実に支出された本件工事の事業費の支出行為そのものについては監査請求を行ってはいないため、本件請求拡張部分の訴えについて監査請求前置の要件の具備が問題となる。
3 しかし、住民訴訟の前提要件である前置されるべき監査請求は、前記の趣旨に鑑みれば、住民訴訟で問題とされた財務会計上の行為等と同一の行為等に関するものであれば足り、監査請求の際に求めていた措置と住民訴訟における請求の趣旨とか同一であることまでは要求されていないと解するのが相当である。本件においては、原告らは、本件工事の実施が違法であり、これにかかわる経費の支出全体が違法であると主張し、監査請求の段階においては、本件工事の経費として支出される経費の内容及び金額が必ずしも明らかでないため、和歌山県知事に対しては今後の本件工事に関する予算の執行による全ての経費の支出の差し止めを被告に対しては既に支出された経費相当額について損害賠償を求める住民監査請求をし、同様の裁判を求めて本訴を提起したものである(本件のような事前の包括的な事項に関する監査請求も、本件工事にかかる全ての支出として一応特定されているとみることかでき、右支出の目的等に照らしてこれを一体として違法又は不当性を判断するのが適当であるから、右監査請求は適法と解される。)。その後、本件工事が施行され、経費の全てが支出されたため、被告に対する請求の拡張となったものである。そして、原告らは、本件請求の拡張部分についても前記監査請求と同一の違法理由を主張し、拡張部分について個別独自の違法を主張するものではないから、本件請求の拡張部分についても、既に監査請求を経ているものと解するのが相当である。
4 そして、当初、被告に対して金三二三〇万円の損害賠償を求めたのは、右時点までに本件工事の経費として支出された金額が右金額であったから、右請求となったものであり、弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件工事の経費の支出があれば、和歌山県は右支出に対応する損害を被ったとして被告に対し損害賠償の訴えを提起していたとみられるから、出訴期間の点に関しては、当初の訴え提起時に請求の拡張部分についても訴えの提起があったものと同視することができる。
したがって、本件訴えの変更は適法である。
三 本件支出の違法性について
1 原告らは、本訴において、本件工事が違法・違憲であるから本件支出が違法であると主張し、財務会計行為である本件支出行為に内在する固有の違法事由を主張するものではない。
地方自治法二四二条の二に規定する住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もって、地方財務行政の適正な運営を図ることを目的とし、法律によって特別に認められた訴訟であり、地方公共団体の執行機関又は職員について、違法な公金の支出、財産の取得、管理もしくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の負担、又は違法な公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠るときに、〈1〉当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差し止めの請求、〈2〉行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求、〈3〉当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求、〈4〉普通地方公共団体に代位して行う当該職員に対する損害賠償の請求若しくは不当利得返還の請求又は当該行為若しくは怠る事実にかかる相手方に対する法律関係不存在の請求、損害賠償の請求、不当利得返還の請求、原状回復の請求若しくは妨害排除の請求の四類型からなっている。このように、住民訴訟の対象は、地方自治法二四二条所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実であり、右財務会計上の行為等以外の行為は、それが違法なものであっても、これを住民訴訟の対象とすることはできないことは明白である。
しかし、地方自治法が住民による財務会計上の違法な行為の防止是正を認めた趣旨は、財政上の観点からであるにせよ、住民が地方行政に関与する機会を与え、住民による地方行政の監視により、地方公共団体の執行機関等の違法・不当な財務会計上の行為等の予防及び生じた結果の是正を図り、もって地方公共団体の財政の健全化を図ろうとするものであると解されるから、右のような制度の趣旨に鑑みれば、財務会計上の行為の違法性の判断については、住民訴訟の類型毎にその目的に照らし、当該財務会計行為が財務会計法規に違反するという当該行為に内在する固有の違法事由がある場合だけでなく、たとえ、財務会計行為自体には固有の違法事由がない場合であっても、これの前提、あるいは原因となった先行行為に法令違反等の違法事由がある場合、先行行為の性質、違法事由の内容と程度、先行行為等と財務会計上の行為等の関係、当該財務会計上の行為の性質とを総合的に考慮し、当該財務会計上の行為が財務会計の適正な執行の確保という見地から看過することのできない瑕疵があるときは、当該財務会計行為等もまた違法性を帯びるものと解するのが相当である。
そして、住民訴訟の類型の中でも、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づく代位請求にかかる当該職員に対する損害賠償請求は、財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し、職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものであるから、当該職員の財務会計上の行為をとらえて損害賠償責任を問うことができるのは、これに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてなされた当該職員の行為自体がまた財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である。
本件においては、被告は和歌山県知事の地位にある者であるが、地方公共団体の長として関係規定に基づき予算執行の適正を確保すべき責任を和歌山県に対して負担するものであるから、予算の執行としてなされた支出に予算執行の適正確保の見地から看過することのできない瑕疵が存する場合には、右支出は財務会計法規上の義務に違反するものとして、違法なものとなると解される。すなわち、本件工事がその目的、内容、本件工事に至る手続等から違法若しくは著しく合理性を欠きそのために事業費を支出することに予算執行の適正確保の見地から看過することのできない瑕疵が存するものとされる場合には、被告の本件支出行為は財務会計上も違法とされ、和歌山県に対し損害賠償の責任を負うことになる。
以下、本件工事がその目的、内容、手続等の観点から違法もしくは著しく合理性を欠きそのために本件工事の事業費を支出することが県知事の予算執行の適正確保の見地から看過することのできない瑕疵が存するか否か検討する。
2 本件工事施行区域について
本件工事施行区域がいわゆる「和歌の浦」地域に属すること、「和歌の浦」が古くから景勝地として世人から鑑賞の対象とされてきたこと、「和歌の浦」か、史跡名勝天然記念物保存法を受けて和歌山県が制定した史跡天然記念物保存顕彰規程に基づき、大正一四年に名勝として指定されたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、次の事実か認められる。
(一) 「和歌の浦」は、奈良時代に聖武天皇か行幸したのを始めしばしば天皇の行幸の地となり、行幸に同行した宮廷人らからその景勝を賞せられ、万葉集にも山部赤人の歌として著名な「若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る」をはじめとして数多くの歌に詠まれた。
万葉集に詠まれた「和歌の浦」が現在のどの地点を指すかは明確ではないか、現在の和歌浦地区を含む一帯を指しているものと考えられるところ、右当時、「和歌の浦」周辺の景観は今日とは異なり、雲蓋山、鏡山、奠供山等は満潮時には陸地から分離されて島となり、玉を連ねたような景観であったとされている。
(二) 平安時代以降、紀の川の主流の流路の変化等により、前記小島は徐々に陸地化されたものと考えられ、万葉の時代とは景観を変化させていったが、「和歌の浦」は、歌枕の地となり、景勝の地として人々の鑑賞の対象とされてきた。
また、玉津島神社は、歌道の神とされるようになり、「玉津島歌合」、「新玉津島社歌合」が行われたことが伝えられており、その後も「和歌の浦」は数多くの歌や絵に取り上げられた。
(三) 江戸時代になると、一七世紀前半に、紀州徳川頼宣により、不老橋の北方にある権現山の中腹に和歌浦東照宮、山麓に雲蓋院が造営され、また、三断橋が架けられ、妹背山に多宝塔、観海閣が建立された。さらに、一九世紀中頃、徳川治宝によって不老橋が架けられた。不老橋が架けられた当時、不老橋の周辺から和歌浦東照宮下の御手洗池辺りまでは今日と異なり、入江(市町の入江)になっており、治宝は、中国の西湖の風景を模して、あるいはその影響を受けて付近の風景を借景として取り込み、入江の入口に堤を築き、その入口にアーチ式の石橋である不老橋を架けた。このような石橋は九州には多いものの近畿では珍しい形式のものである。
(四) 明治時代以降、市町の入江は埋め立てられて現在の市町川となり、市町川の右岸の埋立て地には人家が立ち並ぶようになり、不老橋の建造時とは周囲の地形及び景観が変化し、ほぼ、現在のような地形となった。
和歌の浦は、古くから和歌山県を代表する観光地として全国的に名高く、様々の観光案内や和歌山市の紹介において万葉集と関連付けられて紹介されており、不老橋が架けられて以降、現在に至るまで不老橋は和歌の浦の名所の一つとして観光案内等に取り上げられている。
(五) 和歌の浦は、史跡名勝天然記念物保存法を受けて和歌山県が制定した史跡天然記念物保存顕彰規程に基づき、大正一四年七月一七日に名勝として指定された。昭和二五年制定の文化財保護法を受けて制定された昭和二六年一一月一日「和歌山県指定文化財規則」(昭和二六年和歌山県教育委員会規則第七号)によれば、教育委員会は文化財保護法により指定されるものの外特に保存顕彰の必要があるものを「和歌山県指定文化財」として指定することができると定め、その付則により、さきに史跡名勝天然記念物保存顕彰規程に基づいて指定されている史跡名勝天然記念物は右規則に基づく和歌山県指定文化財とみなすものとされ、和歌の浦は、和歌山県指定文化財規則に基づく指定文化財(記念物)として承継された。昭和三一年九月二九日に制定された「和歌山県文化財保護条例」(和歌山県条例第四〇号)によれば、和歌山県教育委員会は文化財のうち県にとって特に重要と認めるものを和歌山県指定文化財として指定することができると定め、その付則第2号により「和歌山県指定文化財規則」(昭和二六年和歌山県教育委員会規則第七号)による指定文化財の指定を受けているものは昭和三三年三月三一日までに限り、これをこの条例による指定文化財とみなすものとされたが、その後、和歌の浦について同条例三条の規定による指定がなされないまま現在に至っている。
(六) 本件工事施行前の不老橋周辺の状況は、別紙図面1のとおりであり、市町川の河口に岸の両側から堰がつくられ、その中央の開口部に一連のアーチ式の石橋である不老橋が架けられ、水面に写る不老橋と現実の不老橋とによって作られる景観を楽しむことができた。不老橋の南側には和歌浦の干潟が存在し、不老橋の東側市町川左岸には奠供山の麓に玉津島神社、塩釜神社が存在する。和歌川河口には小島である妹背山があり、妹背山に向かって三断橋が架けられ、妹背山には観海閣が存在している。奠供山の頂上付近には江戸時代末期に建立された「望海楼遺趾碑」が、塩釜神社には山部赤人の歌碑が、玉津島神社の境内には江戸時代末期に奠供山頂付近に建立された「奠供山碑」が、また、妹背山の対岸には松尾芭蕉の句碑が建てられ、右付近一帯は文学的・歴史的雰囲気を味わうことのできる地域となっており、和歌山県によって風致地区として指定されている。
(七) 本件工事完成後の不老橋周辺の状況は別紙図面2の通りであり、あしべ橋は不老橋の海側にこれとほぼ平行して建設された。不老橋は一連のアーチ式の石橋であり規模も小さいのに比して、あしべ橋は全長約八〇メートル、両側に幅二メートルの歩道を含む幅員一一メートルの四連のアーチ式の橋であり、不老橋に比して長大なため、海側からは不老橋を遮蔽する形となり、海側から不老橋を望むことが困難になり、右の点で景観の変化は大きく、また、橋が二重になったことで本件工事前とは景観に変化を生じさせているが、上流側から見ると、あしべ橋は後記のとおりの配慮により不老橋に概ね隠れ、比較的目立たないようになっている。
2 本件工事について
〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
(一) 和歌山海南都市計画道路(和歌浦廻線)の建設計画は、当初、内閣総理大臣により和歌山復興都市計画街路(和歌浦廻線)として決定されたものである。その後、和歌浦廻線の計画道路は、一部が和歌公園の区域と重複したため、昭和四八年一一月二六日、右区間の長さ及び法線が若干変更された。
本件工事は、右和歌浦廻線の一環として建設される道路の新設工事であり、右道路は和歌山市の観光地である和歌浦と国道四二号線とを結ぶ幹線道路である。
和歌浦南地区は市町川の西側に位置するが、和歌浦南地区の南西側に存する片男波地区に海岸整備環境事業の一環として海水浴場が整備され(第一期工事の完成は昭和五七年三月、第二期工事の完成は平成元年三月)、夏期には片男波海水浴場への客による車両の乗り入れが増大した。市町川に架けられている霞橋、曙橋はいずれも狭小であり、不老橋は車両の通行はできないため、和歌浦南地区の道路は右通過交通により混雑し、交通渋滞が生じていた。ちなみに、昭和六〇年度の交通量調査によると、一日当たりの通行台数は平均六九〇七台であったのが、平成二年度の調査によるとこれが八八八八台に増加している。
和歌山県では、昭和六一年に建設大臣から天皇陛下在位六〇年記念運動公園の指定を受け、昭和六二年度から片男波地区に都市計画公園・和歌公園の整備事業を開始し、右事業完成後は更に交通量の増大が予想された。
このため、和歌山県では、右交通混雑の解消を図ること等を目的としてあしべ橋建設を含む本件工事を計画し、施行したものである。
地元地区の自治会は新橋の建設促進を要望し、和歌山県議会、同議長にもその旨の請願をして右請願は採択され、和歌山県心身障害児父母の会も新橋の建設を要望していた。
(二) 和歌山県では、昭和六三年三月から平成元年六月まで前後一〇回にわたって自治会を通じる等により地区住民への説明会を行い、また、あしべ橋の工事に反対する「和歌浦を考える会」とは二回の話し合いを持ったが、話し合いは成立しなかった。
(三) 和歌山県では、新橋の架橋位置が景勝地である和歌浦地区にあるため、景観に対する影響を配慮してこれと整合するように橋のデザイン、予備設計等を専門家に依頼し、また、地元自治会の意見も聴取した上、〈1〉橋の構造を石造り風のアーチ橋とし、石材は青石とする、〈2〉不老橋からの眺望をなるべく妨げないように橋の高さを不老橋とほぼ同じ高さとする、〈3〉あしべ橋からの眺望を楽しめるようにバルコニーを設ける、〈4〉照明灯が眺望の障害とならないように手すり部に照明を埋設する等の景観に対する配慮を行ってあしべ橋の形状、材質等を決定し、これに基づいて本件工事を実施した。
あしべ橋は平成三年度における全国街路事業促進協議会の景観デザイン賞の対象となった。
3 本件工事の違法性について
(一) 歴史的景観権について
(1) 原告らは、憲法一三条、二三条、二五条に基づいて基本的人権として文化的環境である歴史的景観を享受しうる権利すなわち「歴史的景観権」が保障されていると主張し、これを前提として、不老橋を含む和歌の浦は歴史的景観に該当するところ、本件工事は、不老橋を含む景観を破壊するものであるから、違憲・違法であると主張する。
しかし、憲法一三条は、憲法第三章の総則的規定として基本的人権の保障の理念的な前提としての個人主義の原理を宣言し、国民の権利が公共の福祉に反しないかぎり国の責務として立法その他国政の上で最大限尊重されなければならないとしたものではあるが、この規定そのものは具体的な内容を持つものではないし、憲法二五条一項は、国がすべての国民に健康で文化的な最低限度の生活を保障する責務があることを宣言したもので、いずれも個々の国民に対して直接に具体的権利を授与したものではない。
(2) 〔証拠略〕によれば、西欧では、美しい町並みの保存について従来から配慮されており、イタリアでは一九八五年に景観保全法が制定されるなど景観の保護・保全に関する諸施策の実施をみていること、わが国においても歴史的風土(歴史上意義を有する建造物、遺跡等か周囲の自然的環境と一体をなして古都における伝統と文化を具現し、及び形成している土地の状況)の保存等を目的として昭和四一年に古都保存法が制定され、京都市、奈良市及び鎌倉市等における歴史的風土の保全のため、歴史的風土保存区域、歴史的風土特別保存地区が指定されることになったこと、昭和四五年改正の都市計画法によれば、必要に応じて歴史的風土特別保存地区、第一種歴史的風土保存地区、第二種歴史的風土保存地区を都市計画において定めるものとされ、必要に応じてではあるが、歴史的風土の保存が都市計画の一部に取り入れられるようになり、さらに、昭和五〇年に改正された文化財保護法に伝統的建造物群保存地区の制度が設けられ、宿場町、門前町、城下町(武家屋敷等)、明治洋風の建造物群であって建築後相当年数を経過した建造物により構成され、全体としてその位置、形態、意匠等において特色を有するものを選定して保護を図る制度が取り入れられたこと、平成四年三月三一日現在で伝統的建造物群保存地区は全国で三四か所に上っていること、文化庁の「風土記の丘」事業、国土庁の「伝統的文化都市環境保存地区等整備事業、建設省の都市景観形式モデル事業、環境庁の「快適環境シンポジウム」、昭和六二年策定の第四次全国総合開発計画中に「歴史的景観環境の保全」の項があること等の国の各種政策にも、歴史的文化遺産及びこれにかかる環境(景観を含む。)の重要性に配慮し、これを保護しようとする傾向を窺うことができること、金沢市、倉敷市、柳川市、盛岡市、京都市、萩市、津和野町等の地方公共団体において、伝統的建造物や町並みの保護を目的とする条例が制定されていること、山梨県においては「山梨県景観条例」が制定され、自然や貴重な歴史的文化遺産をめぐる景観を後世に継承すること及び魅力ある景観を創造することが快適な環境を形成する上において極めて重要であるとされていることが認められ、これらを総合すると、近年、貴重な歴史的・文化的遺産を含む景観が文化的環境を構成するものとして人々の生活にとって重要であるとの認識が深まってきており、歴史的文化的環境の保全が一つの社会的な課題とされてきていることが認められる。
したがって、人々の文化的で健康な生活のために、自然的に良好な環境だけでなく、文化的にも良い環境が必要であること、文化的環境の人間の精神生活に果たす重要性や人格形成に果たす役割についても理解できるところであり、そのような文化的環境の一環として歴史的景観が存在しうることは肯定されてよいものと考えられる。
そして、歴史的文化的環境保護の重要性を強調し、歴史的文化的環境が人間の生存にとってかけがえのない価値を有するとして、この環境を享有する権利(論者により「文化的環境権」、「文化財享有権」、「歴史的文化環境権」、「歴史的環境権」など表現は様々である。)の法的な認知を主張される向きもある。
(3) しかし、憲法一三条、二五条は個々の国民に対し直接具体的な権利を授与するものでないことは前記のとおりであり、前記立法や諸施策は、行政が文化的・歴史的環境の重要性に鑑みその政策として採用し、実施してきたものとみるのが相当であって、原告ら主張の「歴史的景観権」なるものが憲法上基本的人権として保障されている結果であるとみることはできないし、これを法律上の具体的権利と認めることができない。
すなわち、原告ら主張の「歴史的景観権」は憲法上明文では基本的人権として保障されていないことは明らかである。そのような憲法上明文で規定されていない権利が、憲法の解釈上、基本的人権として保障されているというためには、当該権利が憲法上是認されるか否かの前に、その権利の内容(権利主体を含む。)が一義的に明確なものであって、権利としての保護に値する程度に成熟したものであり、その権利を保障することによって、その権利主体が国家権力あるいは他の国民に対してどのような請求をすることができるのかが明確になっている必要がある。このような観点から「歴史的景観権」について考察すると、その内容は権利としての保護に値する程度に成熟したものになっているとは言いがたい。
原告ら主張の「歴史的景観権」は、法的な概念としてみるときは、「歴史的景観権」の対象となる歴史的景観なるものの内容が客観的に何を指すのかが明確ではなく、他の景観と歴史的景観とを区別する客観的な指標が何であるのか、歴史的景観を構成する対象物、範囲等についても明らかではない。元来、景観は、空間的な広がりと歴史的・時間的な広がりの二面を持つものであり、前記のとおり、和歌の浦の景観自体万葉の時代から現在までの間で大きな変化を遂げており、そのどの時代のどのような景観が権利の対象となるのかも明確ではない。
次に、景観に対する評価には、個々人の主観的判断が入ることが避けられず、そうであるならば、景観に対する国民(住民)個々の考え方には違いがあるであろうことは容易に推認できるのであって、歴史的景観として保護すべき対象、これに対する侵害の有無等についても、国民あるいは地域住民個々人で考え方が相違するであろうことも想像に難くない。
原告らは、和歌の浦の景観を不老橋を中心とする同心円状の三重の空間と把握するか、右のような把握の仕方はすぐれて主観的なものといわざるを得ないし、原告らは、本件工事は和歌の浦の歴史的景観を破壊すると主張し、〔証拠略〕によれば、学者、住民等の中にあしべ橋の建設は和歌の浦の景観 破壊すると評価する者がいることが認められる反面、〔証拠略〕によれば、本件においては、地元地区の自治会はあしべ橋の建設促進を希望し(その中で、あしべ橋の材質については自然岩の採用を要望している。)、和歌山県議会、同議長に請願もし、その請願は採択されており和歌山県心身障害児父母の会も独自の立場からあしべ橋の建設を要望していることが認められるのであって、その評価は分かれている。
このように、あしべ橋の建設一つをとっても、その是非については様々な意見があるところであり、歴史的景観の保護についても同様であろうことは容易に推認されるところであり、歴史的景観権が新しい権利として保護されるべきであるとする国民の法的確信が形成されていることを認めるに足りる証拠もない。
また、仮に、「歴史的景観権」が権利として保護に値するとした場合も、その権利の主体は誰であるのか、個々人なのか、総体としての地域住民なのかあるいは国民全体なのか、また、権利主体は、国や地方公共団体や他の個人等にどのような権利主張ができるか等の「歴史的景観権」の内容についても、いまだ、社会通念上十分に成熟しているとはいえない。
以上のとおりであるから、社会通念上、権利内容が成熟し、一義的かつ明確に定まっているとはいえないのであって、原告らか主張する「歴史的景観権」を法的な権利として認めることは困難である。
したがって、本件工事が歴史的景観権を侵害するとの原告らの主張はそれ自体失当であるといわざるを得ない。
(二) 文化財保護法違反について
「和歌の浦」は、和歌山県文化財保護条例の付則第2号により、昭和三一年三月三一日までは同条例による指定文化財とみなされていたが、その後、同条例三条に基づいて文化財(記念物)に指定されなかったことは前示のとおりであり、右によれば、昭和三一年三月三一日の経過により、和歌の浦の指定文化財の指定は失効し、「和歌の浦」は同条例による文化財(記念物)ではなくなったものと解される。
また、和歌の浦は文化財保護法六九条による名勝等(記念物)の指定を受けていないし、不老橋も文化財保護法六九条あるいは和歌山県文化財保護条例三条による指定文化財の指定を受けていない。
文化財保護法は、文化財の保存及び活用を目的として文化財の保護を定めているが、文化財の保護について重点主義を採用し、国は文化財のうち重要なものを名勝等に指定し、これについて保護を図るものとしている。
地方自治法二条八項、別表第一の三十二によれば、県の処理すべき事務として「文化財保護法の定めるところにより、文化庁長官の指定を受けて重要文化財、重要有形民俗文化財及び史跡名勝天然記念物の管理を行い、並びに遺跡の現状を変更することとなるような行為に対する文化庁長官の停止等命令について意見を述べること」と定め、県は文化財保護法により名勝等に指定された文化財についてその管理等の事務を遂行することとされている。したがって、和歌の浦は文化財保護法等により保護されるべき文化財ではないから、本件工事の施行を文化財保護法等に違反するものということはできない。
なお、原告らは、和歌の浦の名勝指定は現在まで継続していると解すべき旨主張するが、右主張は「和歌山県文化財保護条例」付則2号の規定をあえて無視するものであるから、これを採用することはできない。
(三) 都市計画法違反について
原告らは、本件工事は都市計画法六〇条の一一及び六六条に違反すると主張するが、本件事業について同法六〇条の二の適用はなく、同法六六条違反の事実も認めることはできない。
(四) 以上のとおり、原告ら主張の歴史的景観権は認められず、本件工事は文化財保護法、都市計画法に違反するということはできない。
しかし、人々の文化的で健康な生活のために、自然的に良好な環境だけでなく、文化的にも良い環境が必要であること、文化的環境の人間の精神生活に果たす重要性や人格形成に果たす役割についても理解できるところであり、そのような文化的環境の一環として歴史的景観が存在することを肯定してよいことは前記のとおりである。文化的歴史的環境の保護は行政の一つの目標として社会的な価値あるいは利益を有するものと考えられ、近年、国あるいは普通地方公共団体において歴史的文化的環境に対する配慮した立法及び諸施策が採用されていることはその証左であると考えられる。
本来、健康で文化的な国民の生活の維持・発展のための環境の質の維持向上を図ることは、政府・地方公共団体等の行政の責務である。環境保全と開発利益との調整を図り、住民生活の質的向上を図ることはすぐれて公共的性格を有する事柄であり、そのために行政の果たすべき役割は極めて大きいから、地方公共団体がこれらの任務を遂行し、政策を立案・決定・施行するについて、原告らの主張する歴史的景観権の内容を構成する文化的歴史的環境としての歴史的景観に対してもこれを考慮して行われることが要請されているということができる。
もっとも、これらの価値、利益を考慮して地方公共団体がどのような施策を採用するかは、政策判断の問題であり、当該行政の掌にある者において様々な価値・利益を考量して判断・決定されるべき事項であって、裁判所が法的な観点から一義的に判断することのできない事柄といわなければならない。したがって、右のような政策判断の当否は行政の裁量に委ねられるべきであって、最終的には民主主義のルールに則って決定されるべきである。ただ、地方公共団体の政策判断の結果が社会通念に照らして著しく不合理・不当であって、そのような政策の採用が裁量権を著しく逸脱し、社会正義に反するようなものである場合には、違法なものとなると解される。
和歌の浦は古来から名勝の地として著名であり、万葉集をはじめ和歌や絵等の題材となり、歴史的に由緒のある地であるか、反面、和歌の浦及び不老橋は文化財保護法あるいは和歌山県文化財保護条例による名勝とはされてはいないから本件工事により文化財保護法等違反の問題は生じない。本件工事の目的は正当であり、工事内容についても和歌の浦の景観に対し一定の配慮を払っていること、手続等についても特段の問題のないことは前記のとおりであるから本件工事について違法事由を窺うことはできない。また、本件工事の和歌の浦の景観に対する影響についても評価の分かれるところであって、本件工事が行政の裁量権を著しく逸脱したものとは判断することはできない。したがって、本件工事の実施は適法であると判断するのが相当である。
4 本件支出の違法性について
本件工事が違法といえないことは前記のとおりであり、本件支出自体にも財務会計上の違法事由は存在しないから、本件支出が適法であると判断される。
四 結論
以上、認定説示のとおりであるから、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
よって、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、注文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 林醇 裁判官 中野信也 釜元修)
別紙図面一、二〔略〕